大阪バナナホールの歴史を振り返る

新型コロナウイルスの影響で、飲食店やエンターテイメント業界が多大なダメージを受けて
いる昨今、大阪のライブハウスも影響を受けながら感染拡大予防に努め、存続をかけて運営を行っています。
そんな中でも大阪の老舗ライブハウス、大阪バナナホールの歴史と、現在の状況について簡単にですが、振り返ってみたいと思います。

関西のアーティストの登竜門と呼ばれていた、大阪バナナホール。
昭和56年に当時にしては珍しかった、”大阪から音楽を発信する場所”として大阪市北区堂山町にオープンし、プロアマ、音楽ジャンルを問わずに様々なミュージシャンを受け入れ、ライブを開催してきました。関西出身のシャ乱Qやコブクロが無名だったころに、出演していたのも有名な話です。
近年になると、ミュージシャンのみならずエンターテイナーを招いてのライブも開催し、お笑いライブも開催。大阪のエンターテイメントを担うライブハウスになっていきました。
しかし、平成16年に親会社の経営不振により、存続の危機に危ぶまれます。

別会社に売却され、復活した時期もありましたが、平成19年に26年の歴史に幕を閉じました。
ラストライブが行われて以降の賃貸契約が終了後も、その場所でのバナナホール存続を求める「篭城ライブ」が無料で開催されていたことは、ご存じの方も多いかと思います。

現在はオープンした当時の場所を少し離れ、平成29年から同じ堂山町内で再オープンしています。
当時の場所には、「umeda TRAD」という新しいライブハウスがオープンされています。

大阪老舗のライブハウスから発信される音楽は、現在も場所を変えて発信されていきます。


▼大阪バナナホールの情報

大阪梅田堂山のライブハウスバナナホール
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